なぜ佳子さまは学習院大学を中退したのか?

皇室ナンバーワンアイドルと騒がれる秋篠宮文仁親王と同妃紀子の次女、佳子さま。

学習院大学を中退され来春、他の大学を受験されるそうですが、一体何が起こったのでしょうか?

 

佳子さまがなぜ学習院大学を中退されたのか?

佳子さま学習院入学
引用元:話題のあれこれ

佳子さまの為に用意されたとまで言われた学習院大学教育学科を突然中退されたという今回の報道。

佳子さま 学習院大学中退の理由は「目標」を見失ったからか (NEWS ポストセブン)

ニュースでは憶測的なコメントが紹介されていますが、その理由は報じられている通りだと思います。

小学校教員になるために教育学科を卒業したところで、皇族の方が学校の教壇に立ち、教師として職務につくことは非現実的なことと言われても仕方がないと思います。

臨時講師など何かしらの仕事を作ることもできるのでしょうが、一般的な学校教員になることはまず不可能と言わざる終えません。

ところが中退の理由は、それだけではないようです。

 

一般人とは同じ生活を送ることが出来ない哀しさ

眞子さま留学
引用元:FNNnewsCH

先日、イギリスへ留学された長女の眞子さま。

2011年10月、眞子さまのサークル活動中の振る舞いが問題になったニュースは、記憶に新しいところです。

行動そのものは同世代の一般人と変わりのないことなのですが、皇族であるが故の悲しい現実がこの報道にはありました。

この時の報道が原因で佳子さまのサークル活動への参加が止められていた背景もあり、それも中退の理由としてあるようです。

大学へ何の為に通ったのか・・・。

目標を見失うのは、当然のことと思います。

 

母、紀子様の頃とは時代が違うからなのか

紀子さま結婚前
引用元:秋篠宮さまと紀子さま-出会いから眞子さまご誕生まで

3LDKのプリンセス、学習院大学教職員用の共同住宅に住まわれていた母・紀子さまの結婚報道を記憶する世代の方も多いと思います。

まさに平成のプリンセスとして「紀子さまブーム」を巻き起こし、明るい話題を世の中へ提供したのは平成2年(1990年)です。

その頃と比べ、時代が大きく変わったと言うことなのでしょうか?

当時、礼宮文さまは紀子さまの大学の1年先輩で、サークルの出会いがきっかけです。

眞子さま、佳子さまにしても母・紀子さま同様に、大学のサークルで恋の一つもするのは普通のことだと思います。

しかし、当時とは時代背景が違います。

眞子さまのサークルでの写真報道は大きな波紋を呼び、紀子さまはそのことに対するトラウマを強く感じていらっしゃるそうです。

母として、夫との出会いに繋がった大学のサークル。

そのサークルへの参加を娘に止めさせた背景には、様々な葛藤があったのではないでしょうか?

 

皇室に対する考え方にも、新しい取り決めが必要では?

母・紀子さまの頃とは時代が違うわけです。

時代の変化と共に、何か新しい取り決めは検討されているのでしょうか?

古き伝統を重んじるが故に、そこに皇族として生まれてくる方々の将来に対して目標を持ちにくくなる規律が存在しているように思えます。

サークル活動や将来の職業など、皇族の方々が参加しづらい環境が出来ているのではないでしょうか?

憲法も改正する時代です。

皇族に対する考え方も、何か新しい取り決めも必要だと思います。

佳子さまの学習院大学入学当時のあの笑顔を記憶されている人も多いと思います。

今回の学習院大学中退の報道は、夢に輝く一人の若い女性の将来を周囲のルールや環境が奪ってしまったようにも見えます。

 

近い将来、愛子さまや悠仁さまも大学に入学されます。

その時も、今回の様な出来事が起こってしまうのでしょうか?

宮内庁としても、皇族の将来に対する考えを見直す時期に入っているように思います。

来春、他の大学を受験される佳子さまが、あの学習院大学入学時に見せた輝かしい笑顔を再び国民に見せることはあるのか?

今回の報道を見る限りでは、とても心配です。


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