なぜ火垂るの墓が放送されなくなったのか?

はじめに

昨年11月、火垂るの墓が4年ぶりに放映されました。

ネット上では「なぜ火垂るの墓が放送されなくなった?」かについての憶測が飛び交っています。

それらは実際のところどうなのでしょうか。

 

まことしやかに流れている「都市伝説」

火垂るの墓画像
(引用:http://f.st-hatena.com/

火垂るの墓は1988年公開のスタジオジブリ制作のアニメ映画です。

原作は野坂昭如、脚本・監督が高畑勲、となっています。

舞台は太平洋戦争末期の神戸。

空襲により母親を失った清太と節子の兄妹が、叔母の家から飛び出し近くの防空壕に住みつき、二人だけで生きていこうとした物語です。

しかし、戦時中、しかも敗戦濃厚になっていく中で食糧も満足に調達できない状況は二人を苦しめます。

そして、ついに節子が栄養失調で倒れ、戦争も日本の敗北で終わります。

何とか節子の体力を回復させようと食糧の確保に奔走する清太でしたが、その甲斐なく節子は死んでしまいます。

その後、節子の亡骸を荼毘にふして放浪していた清太も同じく栄養失調で死んでしまいます。

幽霊となった二人は再会して、高い丘の上から下を見下ろします。

そこには既に戦争は遠い昔となった、高層ビルが乱立するきらめく大都会が広がっていました…という形で幕を閉じます。

 

この、凄まじいまでの生への執念や、戦争の悲惨さなど、様々な問題を提起したこの作品は、公開当初から観た人に深い感動を与えました。

1989年からは、日本テレビ系「金曜ロードショー」で8月の終戦記念日前後に放映されるようになり、1993年から1年おきに放映が行われてきました。

当時金曜ロードショーの解説は故水野晴郎氏が行っていましたが、本編が終わり、再び解説を行うシーンになった時に必ずといっていいほど涙を流していたのが今でも印象に残っています。

このように、ほぼ「夏の風物詩」のような存在だったこの作品が、2009年8月14日の放映後、ぱったりと放映されなくなりました。

「なぜ火垂るの墓が放送されなくなったのか」

これに対してネット上では様々な憶測が飛び交いましたが、内容的には

  • 作品中に出てくるドロップの商標権問題に巻き込まれた
  • 政治的・思想的理由
  • 視聴率の低下

の3つに集約されます。

これらはもはや「都市伝説」化して、いまだにまことしやかにネット上に存在し続けています。

しかし、本当にこれらが理由なのでしょうか。

 

『ドロップ』の商標権問題

サクマ式ドロップス
(引用元:ガールズちゃんねる

まず、ドロップの商標権問題についてです。

作中で節子が『サクマ式ドロップ』というドロップの缶を肌身離さず持っていました。

このドロップは佐久間製菓という会社から販売されていたものですが、実はこれが戦後、創業者の息子さんが起こした会社(サクマ製菓)と、その会社の番頭さんの起こした会社(佐久間製菓)に分かれてしまったのです。

双方とも後継者を名乗りドロップを作っていましたがこれが訴訟問題になり、結果として戦前からある『サクマ式ドロップ』を佐久間製菓が、そしてもう一方もサクマ製菓を名乗ることを許された、ということで決着したようです。

ちなみに、このお家騒動が起きたのが、1948年(昭和23年)前後と推測されます(両社の会社沿革より)。

既に結審されているこの問題が、いまだに商標権問題でくすぶっているとは思えないのですが…。

確かに最近サクマ絡みで商標権訴訟が起きてはいます。

「花粉のど飴」の商標の独占使用を許されたカバヤ食品(岡山市)が、同じ名称ののど飴を発売したサクマ製菓(東京都)に対し、商品名の使用禁止と損害賠償などを求めた訴訟で、東京地裁は27日、訴えを認め、約50万円の賠償を命じる判決をだした。』

(引用:「花粉のど飴」商標争い、カバヤ食品勝訴…東京地裁判決 2003年7月1日

ここで訴訟騒ぎになっているのは「サクマ式」の話ではない別の飴の話で、しかも「サクマ製菓」の方が対象になっているのです。

もしかして、どなたがこの件を勘違いしてネットに拡散したのでしょうか?

例えば、映画の中のドロップスの表示が「サクマドロップ」となっていたなら問題になるのはわかります。

サクマ式ドロップス劇中
(引用:金曜ロードSHOW!公式Twitterより)

しかし、劇中ではちゃんと「サクマ式」と表示されています。

いったいどこでどうなったのかまったくわかりません。

まあ、いずれにしても、「商標権」は火垂るの墓が放送されなくなった件とは関係ないのではないでしょうか。

 

政治的・思想的理由

火垂るの墓が放送されなくなったという、2010年から2013年までの世情を少し振り返ってみましょう。

2010年

この年、中国のGDPが日本を抜き、世界第2位に。

3月の韓国哨戒艦沈没や11月の延坪島砲撃事件など、朝鮮半島の緊張の高まり。

国内では9月に尖閣諸島を巡り日中対立が再燃。

2011年

3月、東日本大震災が発生。

海外では、5月にアルカイダ指導者ビン・ラディン氏死亡。

シリアでは内戦が勃発し、10月に指導者カダフィー大佐が死亡。

12月、北朝鮮の金正日総書記が死亡。金正恩氏が権力継承。

2012年

4月に北朝鮮ミサイル発射。

8月、韓国李大統領が竹島訪問、日本との対立再燃。

9月、日本政府、尖閣諸島の国有化を宣言。

11月、中国習近平新指導部が誕生。

12月、衆院総選挙で民主党大敗、自民政権奪取、第2次安倍政権成立。

2013年

9月、IOC総会で2020年東京五輪が決定。

11月、中国が尖閣諸島を含む防空識別圏を設定

12月、特定秘密保護法案が成立

(通信・報道各社10大ニュースより作成)

 

火垂るの墓が放送されなくなった原因として、政治的・思想的理由をあげている例も見受けられました。

日本の世論が近隣との対立なども含めて右傾化傾向にあり、それを放送局の上層部に君臨している人達が、この傾向を崩したくないために、「反戦アニメ」の代表である火垂るの墓を流さないようにしている、というのが主張のようです。

確かにこの5年ほど、日本と近隣国との関係は悪化していますし、世論もどちらかといえば保守的な方向に向いている感は無きにしも非ず、といったところでしょう。

ただ、この点をもって放送局が火垂るの墓を放送しなくなった理由とするには、いささか無理があるようにも思います。

なぜかといえば、この主張するところである「右傾化した国民世論を崩したくない」だったら、2013年11月の放送の意図が不明になってしまいます。

主張するところに沿えば、尖閣諸島を巡る日中の対立や、特定秘密保護法案の件がヒートアップしていたこの時期に火垂るの墓は放映されないはずです。

さらに、高畑勲監督自体が、本人の日常の考え方は別としても、火垂るの墓を反戦とみる考え方はしていません。

アニメ誌「アニメージュ」他で以下のように述べているということです。

「反戦アニメなどでは全くない、そのようなメッセージは一切含まれていない」

(引用:ウィキペディアより)

また、初上映した1988年から現在までの世論自体も変化してきました。

一つの作品が大きく動かせるほど日本の世論は単純ではなくなっていますし、考え方自体が多岐多様になっています。

要は、「反戦」だとする作品を出したとしても、世間全体が一方向にぶり返すほど、世論の反応は単純ではないということです。

そこをあえて一昔前のように覆い隠す方向にもっていくのは、嘲笑の対象にすらなってしまいます。

そんなことをするメリットはあるのでしょうか。

 

視聴率の低下

これが大きい要因だとする意見がかなり多く見受けられます。
火垂るの墓視聴率推移

上記は1989年より2009年までの放送視聴率の推移です。

確かにこうしてみると、火垂るの墓の視聴率は年々下降線をたどっています。

放送されなくなったとされる2010年から前には一桁台までに落ち込んでいます。
ジブリ作品視聴率推移と平均視聴率

(引用:Edengrove及びビデオリサーチ社より抜粋作成)

他のジブリ作品はというと…確かに一桁台はあまりなく、ほとんどが二桁台で放映されています。

この視聴率に関しては、火垂るの墓が放送されなくなった理由としてはかなり説得力があります。

さらに視聴率について調べたとき、ジブリ作品のファンサイトであるEdengroveで注目すべき調査を行っていました。

火垂るの墓の一桁台の視聴率に注目し、裏番組について調べていました。

2013年11月22日『火垂るの墓』は裏に特に強い番組がなく、やはり二桁の壁があるようだ。
2009年8月14日『火垂るの墓』は裏が特に強いわけではなく、これまで高視聴率を出してきた盆休みの週で一桁になったのは日テレもかなりショックだったのではないだろうか。放送間隔が見直されるかも知れない。
2007年9月21日『火垂るの墓』は裏の『中居正広のキンスマ!波瀾万丈スペシャル!!』(視聴率22.8%)のギャル曽根に負けた。節子が餓死してる裏でギャル曽根大食い。シュールすぎる。

(引用;Edengroveより)

ここまでみると、原因は視聴率、としたいところですが、一応念のために確認です。

「金曜ロードショー」という映画番組です。

他の映画を放送しているときはどうなのでしょうか。

また、他局の映画番組ではどうなのでしょうか。

 

2012年8月10日 「チャーリーとチョコレート工場」10.5%

2013年8月9日 「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」13.8%

以上金曜ロードショー

2012年7月11日 「トイ・ストーリー」9.9%(TBS)

2012年7月12日 「劇場版ポケットモンスターベストウイッシュ・ビクティニと白き英雄レシラム」6.0%(テレビ東京)

2012年7月29日 「ナルニア国物語/第1章:ライオンと魔女」7.5%(テレビ朝日)

2012年8月8日 「釣りバカ日誌20ファイナル」9.1%(TBS)

2013年7月20日 「パイレーツ・オブ・カリビアンワールド・エンド」12.4%(フジテレビ)

2013年8月11日 「HOME愛しの座敷わらし」11.1%(テレビ朝日)

ビデオリサーチ社:TV視聴率より抜粋

 

2012、2013年の夏休み前後に絞り無作為に選んでみましたが、だいたい状況はどこも一緒のようです。

ただ、あのポケモンが一桁台なのは驚きました。

それでも金曜ロードショー自体の視聴率は比較的高めのようです。

そんな中で、一桁台が定着するようでは確かにテレビ局サイドとしては「う~む」となるでしょう。

 

日本テレビ主導による、金曜ロードショーと「劇場アニメ」ローテーション?

なぜ火垂るの墓が放送されなくなったか、について、実はもう一つ私なりの仮説があります。

それは、日本テレビがからんだアニメ映画のローテーション、というものです。

ジブリ関係年表2

これにかかわってくる人物が二人います。

庵野秀明氏と細田守氏です。

二人ともスタジオジブリと関わりが深いことで知られています。

庵野氏はいうまでもなく、社会現象となった「新世紀エヴァンゲリオン」の原作・監督を務めた人であり、かって風の谷のナウシカで巨神兵の作画を担当したことは有名な話です。

また、火垂るの墓では主人公清太の父が乗っていたとする「重巡洋艦摩耶」の作画を担当しました。

最近では、「風立ちぬ」で声優をやったことでも知られています。

細田氏は、「ハウルの動く城」の監督、となるはずでした。

しかし、様々ないきさつがあり挫折。

その後、「サマーウォーズ」「おおかみこどもの雨と雪」といった傑作を送り出し、日本の若手アニメ監督の有望株といわれています。

上記の金曜ロードショー放映リストと、ジブリ劇場公開作品、そしてこの二人の劇場アニメ作品の公開時期を比べてみると、不思議な相関関係に気がつきます。

それは、この二人の作品の劇場公開と、ジブリ作品の公開がかぶらないようになっているのです。

ちなみに、二人の作品とも、日本テレビが協賛企業としてバックアップしています。

そうであるゆえ、例えば2009年の「ヱヴァンゲリヲン劇場版:破」公開の時は、公開記念として金曜ロードショーで前作「新劇場版:序」が放送されています。

同様に2012年には「おおかみこどもの雨と雪」公開記念で「サマーウォーズ」が放送されていますし、さらに同年の「新劇場版:Q」公開記念で、前新劇場版2作を放送していますし、この時は大サービスで、「Q」の冒頭6分30秒を公開までしています。

ジブリの劇場公開映画はある程度のローテーションが決められているように見えます。

その合間の空白期間をこれらの監督で埋め、常に話題を集めるようにする。

そんな日本テレビ側の戦略が垣間見えるような気がします。

ところで、これと火垂るの墓が放送されなくなったことが、何の関係があるのか、と思われる方もいらっしゃると思います。

これまで、宮崎駿氏、高畑勲氏、宮崎吾朗氏、米林宏昌氏、庵野秀明氏、細田守氏の5人でローテーションを回してきました。

そんな中で、作品の制作頻度や興行収入などを考えると、自ずと答えが出てきます。

 

今後のジブリ映画制作と火垂るの墓の放送の関係

まだ最終結果は出ていないようですが、昨年公開の「かぐや姫の物語」の興行収入が20億円台という話が出ています。

(1月7日付国内映画ランキングによると、19億8291万9150円)

この作品の製作費は50億円です。

興行収入というものは、半分が宣伝費や配給会社へのマージンなどで持って行かれるということなので、実際に残るのはその半分、そこから制作費を工面する、という形になります。

それからすると、仮に25億だとしたら、残りは12億前後、38億もの赤字です。

高畑監督の前作「となりの山田くん」でも20億の制作費に対して7.9億だったというから、2期続けての赤字となります。

この事態が何をジブリにもたらすのか。

個人的には「火垂るの墓」も「おもひでぽろぽろ」も大好きな作品です。

しかし、放送する作品は低視聴率、放映する映画は低人気、ではいくらジブリといえど、さすがにスポンサーも躊躇するでしょう。

この「かぐや姫の物語」が上映開始する一月前、別の映画を観に映画館に行ったところ、映画館のスタッフが必死でこの作品のDVDを配っていました。

観に行ったその作品は「魔法少女まどかマギカ 新編叛逆の物語」です。

上映時期としてはかぶるこの二つの作品ですが、こちらは1月段階で20.8億円と興行収入がほぼ確定しました(日本映画製作者連盟HPより)。

ちなみにかぐや姫の上映館456に対し、こちらは半分以下の129スクリーン。

制作費がいくらかについては調べられませんでしたが、さすがに50億はないと思います。

制作者の手元に入ってくる金額がどちらが多いかはいうまでもありません。

そして、このお金が次回作へとつながっていくのです。

 

昨年宮崎駿監督の引退が発表されました。

残った吾郎監督と米林監督がジブリを支えていくことになるのかとは思いますが、この先ジブリ作品はどうなっていくのでしょうか。

確かに良い作品を作っても、それが興行収入、視聴率につながらなくては、次が生まれてこないという重い現実を、この火垂るの墓が放送されなくなった事態が物語っているのではないでしょうか。


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